中国人が書いた初の日記近く公開、南京大虐殺を記録

1月 12, 2005

(中国通信=東京)南京11日発新華社電によると、中国人が書き、南京大虐殺の暴挙を記録したものとしては初めてという「程瑞芳の日記」が今年全面公開される。「南京晨報」紙が伝えた。

同紙は、この日記はすでに公にされている、外国人が書いた「ラーべの日記」、「ヴォートリンの日記」、「東史郎の日記」と互いに証明しあい、侵華日軍(旧日本軍)の南京大虐殺の犯罪をあばくもう一つの重要な揺るがぬ証拠であると述べている。

「程瑞芳の日記」(「首都陥落金校留守日記」とも呼ばれる)は2001年12月初め、金陵女子文理学院(金女大)の分散した公文書の整理中に発見され、現在、南京中国第二歴史公文書館に収蔵されている。日記を書いた程瑞芳女史は武漢出身、当時62歳で、南京国際安全地帯第4区(金陵女子大難民収容所)衛生班班長、中国側責任者の一人だった。日記の記録は1937年12月8日から38年3月1日までで、ちょうど抗戦初期、南京陥落後、旧日本軍が南京全市で大規模な虐殺を行った期間にあたる。

公文書館の資料によると、1937年8月15日、日本侵略者が南京を爆撃した時、金陵女子大の呉貽芳学長は緊急の事件に対応するため、緊急委員会を設立し、程女史もその中の一員だった。日本の南京攻略前夜、程瑞芳女史はヴォートリン、陳斐然女史と3人非常委員会を結成、金女大難民収容所を設立した。程女史はヴォートリン女史が進める婦女子の収容、保護の仕事を手伝い、最も主要な助手となった。また、抗戦勝利後の1946年、日本に行って極東軍事法廷で証言している。

2001年12月南京で発見された「程瑞芳の日記」は、「侵華日軍南京大虐殺史」を研究する専門家から重視された。南京師範大学南京大虐殺研究センター常務副主任の張連紅博士は、この日記は中国人自身が記し、侵華日軍の南京大虐殺中の難民収容所の状況を示す最初のもので、その証拠は信頼性、真実性、充足性いずれも非常に強く、高い史料価値があると話している。

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