北京で宋任窮氏の告別式

1月 15, 2005

(中国通信=東京)北京15日発新華社電は、中国共産党の長老宋任窮氏の告別式の模様を次のように伝えた。

中国共産党の優秀な党員、偉大な共産主義戦士、傑出したプロレタリア革命家、中国共産党・中国人民解放軍の政治工作の卓越した指導者、中国共産党第8期中央政治局委員候補、第11期中央書記処書記、第12期中央政治局委員、元党中央顧問委員会副主任、中国人民政治協商会議第4、5期全国委員会副主席宋任窮氏の遺体は、15日北京の八宝山革命公墓で荼毘に付された。

宋任窮氏は1月8日午前9時50分北京で死去。96歳だった。

この日午前、八宝山革命公墓ホールは厳粛な雰囲気包まれ、葬送曲が流れていた。ホール正面に黒字に白い字で「宋任窮同志の死を深く悼む」と書いた横断幕が掲げられ、その下に遺影が置かれていた。宋任窮氏の遺体は生花と松柏に囲まれ、真紅の中国共産党党旗で覆われていた。

午前9時、胡錦涛、江沢民、呉邦国、温家宝、賈慶林、曽慶紅、黄菊、呉官正、李長春、羅幹、王兆国、回良玉、劉淇、呉儀、周永康、賀国強、曹剛川、曽培炎、王剛、李瑞環、劉華清、尉健行、李嵐清、何勇、李鉄映、路甬祥、ウユンチムグ、華建敏、陳至立、賈春旺、王忠禹、廖暉、劉延東、李貴鮮、張思卿、白立忱、陳奎元および鄭天翔、劉復之、楊白冰、丁関根、田紀雲、遅行田、張万年、姜春雲、王漢斌、倪志福、陳慕華、鄒家華、王光英、ブヘ、テムル・ダワマト、曹志、宋健、銭正英、孫孚凌、胡啓立、�力群、韓光の各氏、李継耐、廖錫竜中央軍事委員が遺体の前に進んで黙祷し、3礼するとともに、遺族と握手して弔慰を表した。

党中央弁公庁、全人代常務委弁公庁、国務院弁公庁、政協全国委弁公庁、中央軍事委弁公庁、中央と国家機関の関係部門、解放軍4総部と北京駐屯各大単位、武装警察部隊の責任者のほか、宋任窮氏の生前の友人、故郷の代表も告別に訪れた。

宋任窮氏の重病中と死去後、胡錦涛、江沢民、呉邦国、温家宝、賈慶林、曽慶紅、黄菊、呉官正、李長春、羅幹各氏が病院に見舞ったりいろいろな形で哀悼の意を表し、遺族にお悔やみを述べた。

王楽泉、劉雲山、張立昌、張徳江、陳良宇、兪正声、郭伯雄、李鵬、万里、喬石、朱鎔基、宋平、栄毅仁、薄一波、徐才厚、イスマイル・アマト、何魯麗、丁石孫、成思危、許嘉ロ(おうへんに路)、蒋正華、顧秀蓮、ライディ、盛華仁、韓啓徳、傅鉄山、唐家セン(おうへんに旋)、蕭揚、アペイ・アワンジンメイ、巴金、ペパラ・ゲレナムジェ、丁光訓、霍英東、馬万祺、羅豪才、張克輝、周鉄農、カク(赤におおざと)建秀、アブレト・アブドラシット、徐匡迪、李兆シャク(火に卓)、黄孟復、王選、張懐西、李蒙および李徳生、蕭克、張勁夫、黄華、彭冲、廖漢生、王芳、谷牧、呂正操、銭其シン(深のさんずいをおうへんに変える)、張震、費孝通、孫起孟、雷潔瓊、李錫銘、王丙乾、程思遠、呉階平、彭珮雲、周光召、韓杼濱、呉学謙、洪学智、銭学森、董寅初、葉選平、楊汝岱、銭偉長、任建新、朱光亜、万国権、陳錦華、趙南起、毛致用、経叔平、王文元、張廷発各氏、梁光烈、陳炳徳、喬清晨、張定発、靖志遠各中央軍事委員のほか、傅全有、于永波、王克、王瑞林各氏も、宋任窮氏の重病中と死去後、病院に見舞ったりいろいろな形で遺族にお悔やみを述べた。

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