中国の著名な作家、劉白羽氏死去

8月 25, 2005

(中国通信=東京)北京25日発新華社電によると、中国作家協会名誉副主席で、著名な作家の劉白羽氏が24日、死去した。享年89歳。

遺言により、遺体は病院に献体される。また訃報を出さず、告別式を行わない。遺骨は海にまかれる。手書き原稿や表彰メダル、賞状、所蔵していた書画、芸術作品、書籍はすべて中国現代文学館に寄贈される。

劉氏は1916年、北京・通県に生まれ、20歳で短編小説「冰天」を発表し、作家の道に入った。38年、陝西省北部に行き、延安文芸工作団に入り、毛沢東の親しい会見を受け、また延安文芸座談会に参加した。抗日戦争中、中華全国文芸界抗敵協会延安分会党支部書記や重慶「新華日報」文芸欄主任を務めた。抗日戦争勝利後、「9・18」事変(満州事変、柳条湖事件)以来初めて東北3省を報じるルポ「環行東北」を書いた。その後、新華社特派軍事記者として、解放戦争で従軍。抗米援朝戦争では朝鮮に2度行っている。

新中国成立後は党と軍の文芸指導に長く従事し、中国作家協会党組書記、作家協会副主席、同書記処書記、文化次官、解放軍総政治部文化部長、同顧問、「人民文学」編集長などを歴任した。

戦火の中で成長した著名な小説家、中国で最も激情あふれる散文家の1人として、60年余りの創作人生で、人々によく知られる50余りの作品を発表した。長編小説「第2の太陽」で第3回茅盾文学賞、長編回想録「心霊の歴程」で第1回中国優秀伝記文学作品賞、「芳草集」で全国優秀散文賞を受賞し、散文の名著「長江三日」、「日の出」は中学校の国語の教科書に収録されている。また多くの作品が英語、ロシア語、ドイツ語に翻訳されている。晩年も病床で執筆を続けていた。

38年12月に中国共産党に入党し、第8回党大会代表や全国人民代表大会(全人代)代表、人民政治協商会議(政協)全国委員などを務めた。

トピックス

より良い都市 より良い生活より良い都市 より良い生活

史上最大規模 入場者7000万人目指す 会期 2010年5月1日~10月31日 中国通信は随時「上海万博」の動きを発信
2010/06/23 13:54  

人民元の攻防人民元の攻防

経済界は固唾を呑んで見守っている。第2回中米戦略・経済対話の行方は?貿易黒字縮小で切り上げ論は下火?
2010/06/28 13:54  

チベットチベット

秘境・「世界の屋根」と呼ばれる青海チベット高原の厳しい大自然、ここに暮らす人々の日常生活、そしてチベットの過去と現在…
2010/06/28 13:54  

中国通信社が発行する情報誌のご案内

詳細はこちら

詳細はこちら