河南王城崗で竜山文化晩期の大型城址、禹都陽城の可能性

1月 26, 2005

(中国通信=東京)鄭州26日発新華社電によると、中国の考古専門家が先ごろ、河南省登封市の王城崗遺跡で、面積約30万平方メートルの大型城址(大城)と城壕を発見し、夏文化の研究、夏王朝の陽城のあった地点の確定に新しい重要な手がかりを提供した。

長年にわたり遺跡の発掘調査に従事している河南省文物考古研究所の専門家である方燕明氏は次のように話した。新たに発見された大型城址は王城崗遺跡の中部にあり、城址と城壕は紀元前21世紀の竜山文化晩期のもので、すでに夏代に入っている。

専門家によると、大城の北城壁(版築)は長さ370メートル、高さ0・5〜1・2メートルの部分が残っていた。北城壕は長さ約30メートル、幅10メートル、深さ3〜4メートルの部分が残っており、東側の五渡河に連絡していた。西城壕は長さ130メートル、幅約10メートル、深さ1・5〜2メートルの部分が残っており、南側頴河に通じている。東側と南側の城壁と城壕は破壊されていた。

王城崗遺跡は河南省登封市告成鎮と八方村の間の頴河と五渡河が合流する台地にある。南側は箕山を望み、北側は嵩山を背にしており、地理的に非常に重要な位置にある。28年前に考古専門家が同じ場所で竜山晩期の小型城址、青銅器の残片、文字などを発見したことから、考古学界の関心を集めるようになり、「禹都陽城」と主張する専門家もいる。

「中華文明の起源をさぐるプロジェクトの予備研究」の一環として、北京大学考古文博学院と河南省文物考古研究所は2002年から05年にかけて、王城崗の河南竜山文化晩期城址と周辺の遺跡を調査し、王城崗城址と関連遺跡の性格、城址と遺跡が中華文明の起源と形成に果たしている役割についてさぐっている。この大型城址は、その過程で発見されたもの。

昨年の発掘では、竜山文化晩期の祭祀坑、玉石�、白陶器なども発見された。また遺跡中部の北寄りの地点で、大面積にわたる版築基址が発見された。これらの発見は遺跡の重要性を示している。

一部の専門家は竜山文化晩期の大型城址が発見された河南省の王城崗について、禹都陽城である可能性が極めて高いとしている。

今回の発掘調査の責任者で北京大学考古文博学院教授の劉緒氏は次のように話した。禹都陽城には幾つかの学説がある。登封の王城崗は最も多くの理由を持つ遺跡の一つだ。王城崗は歴史書に記された禹都陽城の時代と位置に符合している。論議を呼んだ28年前に発見された小型城址は規模が小さく、禹都にふさわしいものではない。今回発見された大城は年代・地点・規模が禹都としての資格を備えており、王城崗が禹都である可能性が一段と高くなった。

数十年にわたり王城崗遺跡の発掘と研究に従事している河南省文物考古研究所の専門家である方燕明氏は次のように話した。王城崗遺跡で新たに発見された大城は面積が約30万平方メートルにのぼり、これまでに河南省で発見された竜山文化晩期の城址としては最も大きく、王城崗を「禹都陽城」とする学説を証明する強力な証拠を提供するものだ。城壁と城壕に近い地点では人骨を埋めた祭祀坑が発見され、城壕の底では祭祀に使われた人の頭骨、使用者の身分を示す玉石�や白陶器など高級な遺物も見つかっている。これらの発見は王城崗遺跡が古代中原地区の重要な中心集落の一つであることを物語っている。

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