アモイ大学魯迅記念館名誉館長に、子息の周海嬰氏就任

4月 9, 2005

(中国通信=東京)福州8日発新華社電によると、中国の著名な作家、魯迅が78年前に生活し、仕事をしたアモイ大学の魯迅記念館の名誉館長に子息の周海嬰氏が招かれて就任した。アモイ大学共産党委員会副書記の潘世墨副学長が7日午後、周氏に招聘状を手渡した。

周氏は記念館に対し、魯迅がアモイ大学から妻の許広平に送ったハガキや魯迅が同大学を間もなく離れるという時に中国の言語学者、林語堂らと撮った記念写真、魯迅と許広平の相互書簡集「両地書」の自筆原稿のコピーなど貴重な所蔵品を寄贈した。また周氏が理事長、魯迅の孫の周令飛氏が主任を務める「魯迅文化発展センター」はアモイ大学の朱崇実学長を名誉顧問に招聘した。周海嬰氏夫妻、周令飛氏夫妻は魯迅記念館を見学し、アモイ大学中国語学科の学生と懇談した。

招聘式で周海嬰氏があいさつし、「当時、母の許広平は命の危険を冒して父のすべてのものを残し、いつか魯迅記念館をつくることを願っていた。アモイにこうした記念館ができることなど、母は想像もしなかったろう。北京、上海の記念館と異なり、アモイ大学の記念館は大学に所属するもので、若い学生や研究者と連携し、社会的、時代的思想と結びつくことを希望する」と述べた。

また「魯迅は日本から帰国してから、ずっと教育に従事しており、実際には教育家でもある。父と学生の関係は親密だった。話し方がなごやかで、温和な教師だった。アモイ大学の魯迅記念館が魯迅の教育家の一面を示すものとなるよう希望する。記念館と魯迅の親族の間は親密な親戚関係であるべきで、今後、より一層交流し、有無相通ずとなるよう希望する」と述べた。

魯迅は1926年9月から27年1月までアモイ大学で教鞭をとった。52年に学内の一部に魯迅記念室が設けられ、その後、魯迅の遺品などの陳列室と一緒になり、アモイ大学魯迅記念館となった。

トピックス

より良い都市 より良い生活より良い都市 より良い生活

史上最大規模 入場者7000万人目指す 会期 2010年5月1日~10月31日 中国通信は随時「上海万博」の動きを発信
2010/06/23 13:54  

人民元の攻防人民元の攻防

経済界は固唾を呑んで見守っている。第2回中米戦略・経済対話の行方は?貿易黒字縮小で切り上げ論は下火?
2010/06/28 13:54  

チベットチベット

秘境・「世界の屋根」と呼ばれる青海チベット高原の厳しい大自然、ここに暮らす人々の日常生活、そしてチベットの過去と現在…
2010/06/28 13:54  

中国通信社が発行する情報誌のご案内

詳細はこちら

詳細はこちら